ニコニコ生放送にて放送されている「オールスター前夜祭」の結果をまとめた非公式wikiです。

はつかぜとは、オールスター前夜祭?の3代目主催、及び通算8人目のスタッフである。

人物

2000年3月22日、愛知県生まれ。愛知県出身の母親と、兵庫県出身の父親の間に生まれたため、
中途半端な関西弁を話すことでも知られる。
商業系の高校を卒業し、簡単な簿記とプログラミング言語を習得。
これまでの前夜祭の集計ツールを作れたのも、高校の授業があってこそである。

中学時代から映像制作が好きだったこともあり、そのままCG系の学科がある芸術系の大学へ進学。
そのくせ、大学ではDTMサークルに(半強制的に)入部したり、
はたまた同人サークルを掛け持ちしたりするなど、行動に一貫性がない場面も。

18禁の美少女ゲームに心酔する(色んな意味で)前夜祭スタッフの中でも飛び抜けた変態である。
その中でも、Spriteより発売された「蒼の彼方のフォーリズム」にはぞっこん。

映像制作のスキルは、こういった美少女ゲームの映像の要素をふんだんに吸収している。
そして、身につけたスキルを武器に、こっそり別名義でクリエイターとしての活動を始めたとか始めてないとか。
全ては美少女のために。今日もどこかで映像制作をしている・・・かもしれない。

また、「可愛いから」という理由だけで、自費で8000円近くをひっぱたき、AHS社のVOICEROID「東北きりたん」を購入したり、
「他の人が買ってたから」という理由だけで、1万円近くするフォント単品を購入するなど、やや金遣いが荒い一面もある。
衝動買いした東北きりたんは、現在はオールスター前夜祭の「アシスタント」として、11歳という若さながらも活躍中。

略歴

「前夜祭」との出会い

当時、ニコニコはボカロ曲やニコニコインディーズ、「弾いてみた」などの音楽系の動画を漁る目的でしか利用していなかったものの、
何を思ったか「オールスター感謝祭」のタグ検索で見つけた「感謝祭風クイズ’14春」という動画で、「オールスター前夜祭」という企画の存在を知ることになる。

その後、「みくはと」名義で2014年年末祭に参加。これが前夜祭関連企画初参加となる。
本祭に限れば、2015年春大会が最初の大会。当大会では、中間成績1位という好成績を残すことに成功。
しかし、ネタ選択肢に素で回答したりするなど、抜けている面があるところから、某所では「ドジ」という不名誉極まりない渾名がついてしまう。

ある日突然、スタッフデビュー!?

2016年春の放送前。
相坂サイカからの直接のオファーがあり、スタッフ就任。
当時、スタッフの活動について少し興味を持っていたことや、問題制作の勉強をしてみたかった(15秋で、リスナー提供問題を2問出題)こともあり、
「できることは少ないですが、やります」と二つ返事でOKを返してしまう。

しかし、問題製作歴が当時半年未満という致命的な状況の中、できることは当然限られており、
勝手もわからないままスタッフに入ってしまったため、問題製作数はダントツのびりっけつ。
挙句の果てには、当時予定されていたゲームピリオドで、
18禁美少女ゲーム(いわゆるエロゲ)のコンシューマー移植版ゲーム「月に寄りそう乙女の作法 ひだまりの日々」を出題しようとするなど、
初めてのスタッフに大迷走&大暴走&大空回りをぶちかます。


また、集計時には1GBしかメモリを積んでいない、低価格帯のパソコンで集計係を任される。
当時から大事な時にパソコンの調子が悪くなることが多かったため、集計開始直後にネットが止まったりして、
結果、相坂サイカに集計係を引き継ぐ形に。

そんなこんなあり、文句無しでクビの最有力候補にまでのし上がるものの、
当時相坂サイカが集計中に家庭の都合で離脱したものの、その連絡をしなかったことがトリガーとなり、
また相坂サイカがクビとなってしまった。その結果、間一髪でクビを回避した。

なお、クビレースの最有力候補になっていたのは、はつかぜ自身も自覚しており、「クビになったとしても、いい経験ができたってことと、
まだ自分にはスタッフは早いってことがわかったから、後は回答者としてのんびりやっていくだけ」と身内に語っていた。

そして、2016年夏。乗り気ではなかったものの、「オールスター納涼祭'16」のスタッフ続投が決定。
当時、運営へのモチベも殆どなかったことと、16春の失敗を引きずりに引きずっていたため、
運営ではつかぜ自身が関わったところはほとんどなかったという。

そんな中、エビマヨクーデター事件が勃発する。
スタッフの事情を把握していなかったはつかぜは、意見の板挟み状態になり、困惑。
しばらくメンタル的に沈む状態が続いていた。(同時、人生のパートナー(女帝参照)がいた事から、なんども慰められる日々が続いたという)

新・前夜祭の黎明

2016年末、コメントログから解答を集計する、初代集計ツールの制作に成功。制約は多々あるものの、放送規模の拡大に一役買った。
そして、エビマヨ武勇伝からのお誘いや、「やっぱまだ前夜祭は続けたいな」という意思もあり、
そのまま2017年春もスタッフとして続投することが決定した。
また、放送10回目という節目の大会ということもあり、いつもよりも気合が入った状態で運営に参加していた。

2017年春、初代集計ツールのテストを行う「プチ謝祭」の実施。夕方の時間ではあるが、20人の集計に成功。
本祭では、コメント数が1万を突破し、参加者も2倍以上に膨れ上がる、大盛況ぶりを魅せる。
今まで積み上がったものが形になり、目に見えて結果が出たことに、感極まり、
エンディングでは号泣するという、涙もろい一面も見せた。

こうして、新たな前夜祭の1ページが始まることになった。

総合P就任、その後。

2017年春大会終了後、エビマヨ武勇伝の直々の指名で総合Pに就任する。
「もっと燃える前夜祭」を運営テーマに、ここから定期的なテコ入れを行うことになる。
また、運営の方針を綴った「前夜祭ノート」も購入。今ではノート1冊分に、どうすればもっと満足できるのか、という悩みやアイデアがびっしり詰まっているとか。

2017年夏、スタッフ環境の充実を目先の目標にしていたため、スタッフオーディション企画を実施。
これ以降、作問スタッフがやや流動的に。クビレースの実質的な廃止、スタッフ参加への敷居を下げることに徹底。

2017年秋、総合P就任後初の本祭。「休憩タイムリクエスト」を復活させたり、まだまだ2017年春の運営方法を真似ている状態。
しかし、喉風邪をひいてしまい、中盤は、「エグゼクティブ・プロデューサー」のエビマヨ武勇伝が代理司会。

2018年春、6時間フルで総合司会を務めた。
ややあっさりとした司会進行が特徴的とされ、それ故に「巻き」になることもしばしば。
まだまだパソコンは低価格帯のままのため、マシントラブルにはなんども振り回されることに。
また、ここから前フリVTRの制作に本格着手する。

2018年夏、「視聴者に1ピリオドつくってもらう」という、新たな形式での前夜祭を企画。
企画は大盛況だったものの、趣味問の連発でやや炎上する結果に。「もう二度とやりません」と語る。

同じぐらいの時期に、リアルタイムでコメントを集計する、2代目集計ツールを開発。これにより、小数点以下のタイムが出せるようになる。

2018年秋、minor2nd毒蜘蛛を作問班にカムバックさせる。
司会からは退き、集計オペレーターとして活動。しかし、新集計ツールはあまり動きがよくなかった。
当大会より、お試しスタッフ制度がスタート。初回は大我がお試しスタッフ就任。

2019年春、新集計ツールが謎のバグを起こし、集計不能に。
結果、初代ツールに逆戻りさせる。成績発表は後日発表することに。休憩タイム中に自作の映像を流した。

2019年夏、minor2ndがあまりにも多忙な生活を送るようになったため、前夜祭の全権限を譲渡される。
というよりかは、「自分にやらせてください」と直談判した。
そこで、前夜祭の放送枠を全6時間から、全3.5時間に半減させるなど、次は「参加しやすい環境」を目指していくようにした。

2019年秋、キーパッド型の解答ツールをsouchanが開発してからというもの、オファー制の導入をスタート。(但し、スタッフの負担があまりにも大きかったため、この回限りとなった)
しかし、本番直前にスタッフ内での揉め事が起こり、そのストレスがそのまま波及し、生放送のホストが務まらないレベルにまで体調が悪化。(19秋事件?を参照されたし)

2020年春、本人としては初めて3時間枠での司会を担当。
PCのスペック不足によるブルースクリーンエラー(致命的なエラー)が心配されたものの、本枠終了前に総合成績をギリギリ発表することに成功。休憩タイム中に自作の映像を流した。

2020年秋、いわゆるスピンオフ以外での前夜祭(本祭)での、イベント導入についてTwitterにて示唆。また、それによる放送時間拡大についても言及した。

解答者としての成績

過去の順位

14末8位
15春3位
15納涼8位
15秋8位
16前週6位
管理人備考
旧名:みくはと(〜15秋)。
スタッフ経験
オールスター前夜祭'16春から作問スタッフ入り。
前夜祭アシスタント・ディレクター。(17春、18春)
前夜祭4代目プロデューサー。(17納涼〜17秋、18秋〜)。

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